【専門医が解説】心拍数が教える健康と寿命のサイン。サイクリストの正しい数値の見方
ロードバイクに乗る際、サイクルコンピューターやスマートウォッチで「心拍数」をチェックするのは、いまや当たり前の光景になりました。しかし、画面に表示されるその数値が、単なるその日のパフォーマンスだけでなく、あなた自身の「健康」や「寿命」を映し出す重要なサインであることをご存知でしょうか?
「安静時心拍数が低い人は長生きするって本当?」 「最大心拍数の計算式『220−年齢』を信じてトレーニングしていいの?」 「最近よく聞くHRV(心拍変動)って結局どう使えばいい?」
データ計測が身近になったからこそ、こうした疑問を抱えるサイクリストは少なくありません。
本記事では、海外の自転車メディア『BikeRadar』に掲載された英国の循環器専門医へのインタビューをもとに、サイクリストが本当に知っておくべき「心拍数の正しい見方」を徹底解説します。トッププロの驚異的な心拍数の秘密から、デバイス測定の落とし穴まで、日々のライドと健康管理の質を一段引き上げる必須知識をお届けします。
BikeRadarの記事(循環器専門医マーク・デイヤー博士へのインタビュー記事)をまとめました。
循環器専門医に聞く、聞き逃せないポイント
GPSサイコンやスマートウォッチが多くの生体データを可視化してくれる時代になりましたが、実は昔ながらの「心拍数」こそ、体の内側で何が起きているかを教えてくれる優秀な指標です。2024年に学術誌『Scientific Reports』に掲載された研究では、心拍数は心血管系の健康状態、代謝率、自律神経系の働きという、健康・フィットネスを語るうえで欠かせない3つの要素を反映しているとされています。今回は英国の循環器専門医マーク・デイヤー博士の解説をもとに、心拍数のどんな変化に注目すべきかをまとめました。
- 安静時心拍数と寿命の関係(研究データつき)
- アスリートの心拍数が低い理由と、注意すべきケースの違い
- 最大心拍数の正しい考え方(「220−年齢」の落とし穴)
- 心拍予備能(HRR)やHRV(心拍変動)との付き合い方
- 心拍計・スマートウォッチの精度について
安静時心拍数と寿命の関係
デイヤー博士によれば、安静時心拍数は寿命とゆるやかに関係しているといいます。従来は60〜100bpmが「正常範囲」とされてきましたが、これはやや古い考え方だと博士は指摘します。心拍数が高いほど生存率は低くなる傾向があり、安静時100bpmであれば何らかの問題を抱えている可能性が高い一方、60bpm程度であればおおむね問題ないだろうというのが実感だといいます。
- 2024年、学術誌『Nature』掲載の研究:3つの大規模研究データを分析
- 安静時心拍数60bpmのグループは、90bpm超のグループより一貫して寿命が長い傾向
- フランス人男性を対象にした研究:平均で約9年の差
- 米国人女性を対象にした研究:平均で約5年の差
デイヤー博士は、仮に寿命を5年延ばせる方法があるとすれば、それは膵臓がんの生存期間を6か月から1年に延ばす新薬よりもはるかに大きなニュースになるはずだと、この差の大きさを表現しています。
アスリートの心拍数が低いのはなぜか
ツール・ド・フランス5勝のタデイ・ポガチャル選手の安静時心拍数は37bpm、同じく5勝を誇るミゲル・インデュライン選手にいたっては28bpmまで下がったとの報告もあります。アスリートは総じて安静時心拍数が低く、それが生存率の高さと関連づけられる傾向があるとデイヤー博士は説明します。60bpm未満は一般的には「異常」とされる基準ですが、パークランのような市民ランニングイベントに参加する若く健康な人であっても、40〜50bpm台の選手は珍しくないといいます。
- 持久系トレーニング(サイクリングなど)は「迷走神経緊張(バーガルトーン)」を高め、興奮系の交感神経よりもリラックス系の副交感神経を優位に保ちやすくする。
- 筋肉と同じく心臓もトレーニングによって大きく・強くなり、一回の拍動でより多くの血液を送り出せるようになる。安静時は少ない拍動数で十分に間に合うようになる。
ただし、運動習慣がないのに心拍数が低く、息切れや足のむくみ、夜眠りにくいといった症状がある場合は要注意です。デイヤー博士は、心臓上部(心房)からの電気信号が下部(心室)にうまく伝わらなくなる「心ブロック」という状態に触れ、信号が全く伝わらなくなると心拍数が20台にまで落ち込み、ペースメーカーが必要になるケースもあると説明しています。
最大心拍数 ― 「220−年齢」はもう古い?
最大心拍数は、心臓が血液を送り出せる生理的な限界値です。幼少期にピーク(200bpmを超えることも)を迎えた後は緩やかに低下していき、この流れはポガチャル選手のようなトップ選手であっても完全には止められないといいます。一方でデイヤー博士は、しばらく運動から離れていた人が再びトレーニングを始めると、最大心拍数がある程度回復するケースもあると自身の経験を交えて紹介しています。
広く知られる「220−年齢」という計算式は、1970年代に一部の研究者がざっくりとしたデータをまとめて作った目安に過ぎないとデイヤー博士は指摘します。より精度の高い式として、男性は「208−(0.8×年齢)」、女性は「201−(0.63×年齢)」という「フェアバーン式」を紹介しつつ、最も確実なのは5kmを全力で走ってみて実測することだとアドバイスしています。
心拍予備能(HRR)という考え方
最大心拍数がわかると、「心拍予備能(HRR = 最大心拍数−安静時心拍数)」を算出できます。これは最大心拍数だけに頼るよりも有酸素能力を加味した、より精密なトレーニングゾーン設定に活用できる指標です。
ただしデイヤー博士は、この指標だけで運動能力のすべてが説明できるわけではないと釘を刺します。心拍出量は「心拍数×一回拍出量」で決まりますが、送り出された血液を実際に使うのは筋肉であり、そこに酸素を届けるのは肺、そして体全体をコントロールするのは脳です。心臓はあくまで全体システムの一部に過ぎず、単独の数値だけを見て判断するのは危険だといいます。
HRV(心拍変動)は「使い方」に注意
Whoopなどのウェアラブルデバイスが大きく打ち出している指標が、心拍の拍動間隔のわずかなばらつきを示す「HRV(心拍変動)」です。HRVが低ければ回復が必要、高ければハードなトレーニングをこなせる状態、といった形で活用されています。しかしデイヤー博士は、この指標の実用面にはまだ疑問符が残るとしています。
- 非常に精密な計測が前提となるため、腕時計やリング型デバイスの数値はあくまで「近似値」
- 安静時心拍数によって同じ変動幅の意味合いが変わる(心拍数100の人と40の人とでは、50ミリ秒の差が持つ重みが異なる)
- 安静時心拍数で補正すべきかどうかも、医学的にまだ明確な結論が出ていない
- 「正常値」の個人差が非常に大きい
デイヤー博士が最終的に勧めるのは、トレーニングログを振り返り、自分がどう感じているかを確認する方法です。一つの指標だけに頼ると判断を誤りやすく、HRVだけでその日のトレーニング可否を決めるのは得策ではないといいます。あくまで総合的な体調評価の一部として活用し、他人と比較せず、自分自身の変動パターンを理解したうえで参考にすることが大切だとしています。
心拍計・スマートウォッチの精度について
心拍数を知るには何らかの計測機器が必要ですが、近年はスマートウォッチの光学式センサーで手軽に測れるようになりました。とはいえデイヤー博士は、その数値は割り引いて受け止めるべきだと注意を促しています。長期間にわたる夜間の安静時心拍数はある程度正確な傾向がある一方、運動時の計測は過大・過小評価されることがあるといいます。
光を皮膚に当てて反射を計測する仕組み上、装着が緩い、日焼けした肌、腕の毛が多いといった要因で誤差が生じやすいとのことです。より正確な計測をしたい場合は、Polar H10のような胸ベルト型の心拍センサーが検証済みで信頼性が高いとして推奨されています。そして、もし数値に少し不安を感じても、体調に違和感がなければ、それでおおむね問題ないだろうというのがデイヤー博士の結論です。
- Charlie Allenby, “Heart rate holds vital clues about your health and lifespan – here’s what you need to listen out for”, BikeRadar, 2026年8月16日
